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歌謡曲における「ブルース」を聴いていると気づくのだけど、
歌詞の中に
嗚呼、○○ブルースよ。
とか
君と歌った、○○ブルースよ。
とか
聞こえる歌は、○○ブルース。
といったように、その歌の題名が出てくることが多い。
そして、ただ題名が出てくるだけでなく、その歌詞世界の中におけるBGMであることがハッキリ云われている。これは何故か、多くの場合「○○ブルース」である。
歌詞世界の主人公の耳に「○○サンバ」だの「○○ロック」だのが届くことは、まずない。
ブルースの住人だけが、何故かメタ情報を知っているのだ。

果たして、その歌詞の中の世界にも「○○ブルース」という題名の歌があるというコトなのか。 ・・・(1)
あるいは、全く同じ歌が歌詞の世界にもあるということだろうか(無限ループ)。 ・・・(2)
それとも○○にまつわる悲哀を表現した歌を総称して「○○ブルース」と呼んでいるのか。 ・・・(3)

個人的には無限ループ構造になってて欲しいけど、それは流石に御座いますまい。
歌詞の意味(つじつま)を重視するなら(3)だろうなあ。
でもホントのところは、「歌謡ブルースの歌詞のラストでは再帰呼び出しをすることが望ましい」という暗黙のルールが、どこかで出来てしまったのだと睨んでいる。
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「出会い系」なんてサービス、きょうび流行らないと思う。利用したこともないのに言えた立場じゃないとは思うけど。
「出会い系」っていう名前からして「出会おう出会おう」という能動意志が感じられるじゃない?これじゃ、もう若者のハートは掴めないと思うんです。
これからは「出くわし系」とか「出会わされ系」とか、そういうサービスが流行るんじゃないでしょうかね。

たとえば、
自分の趣味やら性格やらを事細かに登録するんだけど、他の会員の情報は一切閲覧できない。
で、ある日突然「いついつ、どこどこに、行って、会え。あとは知らん。」といった旨のメールが来る。
機械的なマッチングに基づく、やや理不尽なボーイミーツガール。
理不尽てことは、いいわけの余地があるってことだからね。
本人達はサイトに登録した「だけ」なわけで、現代の指向にあってるんじゃ無いでしょうか。

別に男女の仲に限定しなくてもいいよね。
登録しておくと、月に数回くらいの頻度で突然「いついつに、○○駅周辺で飲み会やります。」というメールが来る。
時々「あなたは今回の幹事に選ばれました。」と理不尽に告げられる場合もある。
かくして、半強制的に集められた何らかの共通点はあるらしい人々による会食が催される。
Mangathonというのは、会議室や合宿所に集まり夜を徹して、マンガについて語り合ったりマンガを共同制作する催し物である。
ってとこまで考えて、それにしても"Mangathon"という単語が妙に語呂が良かったので、実は似たような文脈で既に誰か使っているかも(催されている)かもなあ、と思ってググったけど、出てこなかった。

何故か。

ハイアマチュア~セミプロのマンガ描きにとって、そもそもMangathon(に相当する行為)などは日常茶飯事であり、いちいち命名するまでもないからだ。というのが僕の至った結論。
つまりMangathonとか言ってる時点で、それは「マンガを描きたい語りたい言ってるだけで、何もしない・できないヘタレです」宣言に等しいのである。

で、それを踏まえた上で・・・Mangathonがしたい。
20XX年。

政府の少子化対策が功を奏し、若年層人口の割合は回復。
同時に高齢者を中心に致死性の高い感染症が流行し、「少子高齢」は完全に死語となる。

そんな中、高齢者を扱ったポルノが社会問題となる。
「お年寄りは国の宝。『おたから』ではありません。」みたいな標語が出たりしてな。

一方、児童ポルノについては「あまりに高尚過ぎて理解できない」というのが一般的な見解になった。

ここまで考えた。
20XX年。

何かすごいパラダイムシフトがあって、公共に向けての情報発信と、その取捨選択のコストが著しく陳腐化。

そんななか、「国民的クリエータによる国民的作品」が生まれないのは、歴史的・思想的・etc に公平な視点を欠いた無責任な批評が公に流布されることに原因があるとかなんとか、お偉いがたが。

そんなこんなで「公共と認められる場における創作物の批評」が禁止される。

「表現の自由」はどこへいってしまったのか。
たとえばある薬効について根拠に欠く表現をすれば薬事法などによって罰されるだろう。
それと同じく、批評は慎重に行われねば社会に対する毒となりうるのだ。
とかなんとか、そんなかんじで。

批評を行うためには国家資格試験を受け「批評士」とならねばならないことになった。
批評士試験の問題は文学史や宗教史、統計学にサブカルチャー、その他もろもろから出題される。

ここまで考えた。
「家庭からのCO2排出量を減らすためにエコポイント認定商品をじゃんじゃん作ってじゃんじゃん買い換えよう」とか、まさか本気で言ってねぇだろうな。

CO2云々いうんだったら、必要ないものを作らない・消費しない、ってのが一番に違ぇねぇ。
が、ニンゲン何かしらの形で必ず2次産業に関わっているわけで、いくら大事な地球環境サマの為とはいえ「お給料いりません」「不便ウェルカム」とまで言ってしまう勇気はないわけだな。

個人的にニックキは消費者の(便利な暮らしも捨てられない)チキンな環境意識を食い物にする輩だな。エコカーが本当に地球にやさしいかどうかなんて、結局わからんと思うのよ。
「プリウスはエンジン音が静か!」「インサイトは燃費クソいい!」
それでイイじゃん。

薬事法(でいいのかな?)みたいなのがないから、エコだなんだの謳う広告が氾濫するんだよ。
「LG21は最強に強まったヨーグルトであり、リスクと戦うので嬉しい。」
くらいの表現にしとこうぜ。

僕ぁまだ、CO2排出→地球温暖化の因果関係を信じちゃないからな。
ニンゲンの営みがチキュウカンキョーに与える影響を極力抑えようというアイデア自体は素晴らしい事だと思う。ニンゲンの営みはきわめて不自然だと思いますから。
「居候キャラクターーー!僕は世界一不幸な少年だよー!ここのところ、悪いことが続きっぱなしなんだー!もうこの先、僕の人生にはいいことなんてひとっつもないんだーめそめそ。」

「しかたのない奴だ、メガネくんは。どれ、我が巾着より取り出したる宝貝(パオペエ)にて解決してやろう。」

「ほんとー!?頼りになるなあ居候キャラクターは!」

―ズルリ。

「これは『アザナエルの縄』というものだ。古代ローマ時代の聖人の名を冠した開運アイテムである。この縄は人の運を構成する5要素(陰陽五行説)、すなわち
  • 幸福だと感じる
  • どちらかといえば幸福だと感じる
  • どちらかといえば不幸だと感じる
  • 不幸だと感じる
  • わからない
を縒り合わせて出来ており云々。」

「能書きはいいよー!これを身につければ幸せになれるんだね!」

「いや、幸福が続くものにはいずれ不幸がおとずれ、不幸が続くものにはやがて幸福がおとずれる。すなわち、霊験あらたかなこの縄の御利益によって、君の不幸にはいずれ終止符が打たれるであろう。」

「さすが居候キャラクター!」
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